大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(モ)1494号 決定 1993年3月24日

主文

相手方は、この決定の送達の日から一四日以内に、当庁平成四年(ワ)第一六六六四号株主総会決議取消請求事件の訴え提起の担保として金三五四万一〇〇〇円を供託することを命ずる。

理由

第一  申立ての要旨

相手方は、申立人を被告として、申立人の平成四年六月二六日開催の定時株主総会における第一九二期利益処分案承認決議、取締役選任決議、監査役選任決議並びに退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈決議の取消しを求める訴えを提起したが、右訴えは、右各決議に取消事由が存在しないにもかかわらず、申立人を困惑させる意図により提起されたものであつて、商法第二四九条二項において準用する同法第一〇六条二項の「悪意」に出たものである。

第二  当裁判所の判断

一  一件記録によると、次の事実を一応認めることができる。

1  申立人は、ガス事業等を目的とする資本金一四一八億余内、発行済株式総数二八億余株の株式会社であり、相手方は、平成元年三月三一日に申立人の株式一〇〇〇株について名義書換をし、その後の無償増資により一〇三〇株を保有している申立人の株主であること。

2  相手方は、平成四年九月二五日、申立人の平成四年六月二六日開催の第一九二期定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)における第一九二期利益処分案承認決議、取締役選任決議、監査役選任決議並びに退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈決議の取消しを求める訴え(東京地方裁判所平成四年(ワ)第一六六六四号株主総会決議取消請求事件(以下「本件訴訟」という。)を当裁判所に提起したこと。

3  相手方が本件訴訟において主張する取消事由の要旨は、相手方が株主総会において申立人会社の経営者の適格性等について質問をしようとして議場に赴いたところ、申立人会社の総務部長から質問をしないように執拗に強要されたため、総会において質問を断念せざるを得なかつたのであり、これは相手方の有する株主の議決権を妨害したというものであるが、右総務部長が行つたとする具体的な強要行為としては単に「質問は絶対にしないで欲しいなどと威圧的な言動で要求された」「従わない場合は実力をもつて質問を阻止する態度」と主張するにすぎないところ、相手方は、昭和五四年六月に開催された日商岩井株式会社の株主総会をはじめとして、片倉工業株式会社、株式会社日立製作所など十数社の株主総会に出席して積極的に発言し、いわゆる特殊株主としての活動をしていたと認めることができるのであり、仮に申立人会社の総務部長に相手方の主張するような言動があつたとしても、そのことによつて相手方が本件株主総会で予定していた質問を断念せざるを得なかつたとは到底認められないこと。

4  相手方は、平成二年一〇月二一日、申立人会社に電話をかけ、群馬県安中市に住んでいる相手方の母親を高崎市内の病院に入院している相手方の父親のもとに送迎するための車を用意するように要求し、この要求を拒絶されると、数日の間に五、六回にわたり申立人会社に電話をして役員を電話口に出すように要求したこと。

5  相手方は、さらに、平成三年八月六日、申立人会社に電話をかけ、申立人会社の専務が父親の見舞いにくるよう要求し、これを拒絶されるや、当日午後から八日にかけて約二〇回にわたり申立人会社に電話をかけ、人事部長や総務担当の取締役などを電話口に出すように執拗に要求したこと。

6  相手方は、本件株主総会後の平成四年六月三〇日に、申立人会社に対し、相手方の姉を申立人会社の社員として採用することを要求し、この要求が拒絶されると、同月六日から一〇日にかけて十数回に渡り申立人会社に電話をかけ、人事部長や人事担当取締役などを電話口に出すように執拗に要求したこと。

二  右認定事実によると、本件訴訟の提起は、相手方が株主の正当な利益を保護するための権利行使として行つたものではなく、申立人に対する理不尽な要求が拒絶されたことに関連して申立人を困惑させる意図のもとに行つたものであると推認することができる。したがつて、本件訴訟の提起は、商法二四九条二項において準用する同法一〇六条二項の「悪意」に出たものというべきである。

三  次に、申立人の提出の疎明資料によると、本件訴訟の提起により申立人に次の損害が生じるものと一応認めることができる。

1  公告費用 二四万一〇〇〇円

2  弁護士費用 三〇〇万円

申立人は、本件訴訟に応訴するため、弁護士北原弘也に訴訟代理を委任し、第一審の着手金・報酬として三〇〇万円の支払を約束していることが一応認められ、本件事案の性質からするとこの金額は訴訟代理の着手金・報酬として相当な金額であると認めることができるから、本件訴訟提起により申立人に生ずる損害としての弁護士費用は三〇〇万円と認めるのが相当である。なお、申立人は右代理人との間において、第二審及び上告審の報酬等として二〇〇万円の支払を約束していることが一応認められるが、相手方の本件訴訟に至る経緯等を勘案しても、相手方が第一審敗訴の場合に控訴すること及び控訴審敗訴の場合に上告することまで認めることはできないから、第二審及び上告審に関する弁護士費用を本件訴訟提起により生ずる損害と認めることはできない。

3  訴訟遂行のための雑費 三〇万円

本件事案の性質からすると、申立人は、訴訟遂行のための文書の作成の費用、訴訟記録の謄写のための費用その他の雑費として、少なくとも三〇万円の支出をしなければならないものと認められる。

四  以上によれば、申立人の本件申立ては理由があり、相手方の供託すべき担保の金額は三五四万一〇〇〇円が相当であるから主文のとおり決定する。

(裁判官 植垣勝裕)

《当事者》

申立人 東京瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 安西邦夫

右訴訟代理人弁護士 北原弘也

相手方 甲野太郎

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例